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About

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Shinichi Yokoyama has been a Tokyo-based photographer now for over 20 years. Shinichi is also an experienced commercial photographer including portrait, architectural photos, food photos, fashion photos, still life and online media photos. For example, his photos have been seen in Diamond Weekly.

Hello, I'm yokoshin.

I'm an Tokyo-based commercial-oriented expert photographer. I strive to create immersive and beautiful images through carefully  crafted background and main subject.

I've always been drawn to the overlap between coincidence and a dramatic presentation technique. My skills are broad: from studio to location, darkroom to lightroom. I enjoy each aspect, and love creating images from start to finish, for clients all over the world.

Since starting my journey as a freelance photographer nearly 20 years ago, I've done remote work for clients, and collaborated with talented people to create photograph for both business and consumer use. I'm quietly confident, and naturally curious.

I believe in a life where work and play are forever intertwined. And at the end of the day I just want to make great things with great people.

I'm available for any remote work - if you would like to create something together - get in touch?

こんにちは、東京に拠点を置くフォトグラファーの横山慎一です。料理写真、建築写真、商品撮影、ポートレイトを得意とする商業フォトグラファーです。コミュニケーションを軸として、光のコントロール、撮影アプローチの方法など多様に組み立て、時に被写体と対峙し共に揺れ動き撮影をするこの仕事は、いつまでも興味が尽きません。

20年ほど前に独立してから、多種多様な現場で才能のある人々と共同作業しました。私は静かに自信を持っていて、そして自然に好奇心が強いタイプです。私は仕事と遊びが永遠に絡み合っている人生を信じています。そして一日の終わりに私はただ、素晴らしい人々と素晴らしいものを作りたいと願います。

クライアント、制作チームと打合せを進め、プロセスを、お互いに認識・共有し合いながら、一期一会の信頼できる仲間としてお役に立てれば幸いです。

——プロフィール——

東京は江東区の白河にあった同潤会アパートで生まれ育つ。同潤会アパートといえば、大正時代に建設された集合住宅で、ノスタルジックな雰囲気で人気のあった原宿と代官山のそれが有名だが、白河の同潤会アパートはそういったメインストリームとはかけ離れており、いなたい下町に突如現れた軍艦島のように異様な存在で、近所の友達からは悪魔城と呼ばれていた。このフォトジェニックな空間は映画やドラマの撮影にも多く使われ、目の前で大掛かりなライティングが組み上がっていくのを見ているだけでワクワクしたし、学校から帰ってくるとセットが変わったりしていた。まるでセットの中の住人のようで可笑しかった。そんな環境が左右したのか、カメラを手にするようになり、被写体を演出する面白さに惹かれ、このカメラで仕事をしたいと強く思うようになる。目黒のバナナプランテーションスタジオに入社し技術を学び、カメラマンとして早く仕事の経験を積みたいという熱意の塊だけで撮り溜めたポートフォリオを抱いて、22歳でフリーランスとなる。

98年、トランスワールドジャパンの雑誌WARPで初仕事、AIR JAMとゆうフェスでキャッチした100組のスナップ写真で埋め尽くす特集ページのカメラマンに抜擢される。モッシュで地面が揺れる真夏の野外会場、太陽の熱射で乾いた土から舞い上がる酷い土煙の中、若者たちの弾ける熱気と笑顔を捉えた100組スナップは好評を獲て、以降同紙でライブページ、ファッションページ、グラビアページ、商品撮影など様々な撮影経験を積み、表紙の撮影にも起用されるまでとなる。人物静物問わず、ボーダーレスな撮影対象に向き合い、技術的にも、表現方法に於いても様々な試行錯誤や実験を繰り返す。オーリー、クールトランス、サムライ他、数々のストリート誌から依頼を受け、90年代後半から2000年代に勃興したストリートムーブメントの真っ只中で、渦に揉まれるように、商業カメラマンとして経験を積む。

08年から、ビジネス週刊誌の老舗、週刊ダイヤモンドにて大企業のCEOインタビュー記事を継続的に担当。人間を描くような記事が人気の池冨記者のもと、毎回インタビューに感銘を受けながら撮影を続ける。

10年から、APOTHEKE FRAGRANCE(アポテーケフレグランス)にて、ほぼ全てのイメージ写真、製品写真の撮影を担当。

14年から、米国企業の依頼で、ホテル宿泊施設を撮影。北は小樽、南は西表島まで、現在までに撮影した日本全国のホテル宿泊施設は600棟以上にのぼる。